鯉になった神様

以下は重原村(現在の知立市上重原町)に伝えられている口碑(言い伝え)です。

 

戦国時代、駿河の今川義元の軍勢がこの地に攻め寄せ、今川方の武将戸田弾正の手勢によって知立神社は放火され、殆どの社殿建造物は焼け落ちてしまいました。

神社のご神体はかろうじて運び出され、重原村に当時の神主によって奉遷されましたが、今川方の追手は重原の地までやってきました。

ご神体は重原村のとある農家に隠されましたが、今川の兵は家々をしらみつぶしに探し始めました。ご神体は恐れ多くも農家の使う桶に隠され、その上にムシロをかけて見つからない様にしました。それでもその家に押し入った今川の兵は、その桶を不審に思い、ムシロを取り除けてしまいました。

するとどうでしょう、桶の中には一匹の生きたコイがいるだけでした。やがて今川の兵はあきらめて立ち去りました。

不思議なことに、知立神社の神様は鯉に化けて、難を逃れたのでした。その後、しばらく重原村に仮社殿に鎮まられ、時代が落ち着いてから今の社地にお帰りになられたのでした。


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